Story
体育の先生が、
エンジニアになった話。
午前 2 時のエラーと戦った日も、教壇で生徒に語りかけた日も、全部が今の自分を作っている。
〜2024 / 体育教師時代
10年間、生徒の成長を設計してきた。
授業計画・選手育成・リスク管理——体育教師の仕事は退屈な課題のなかで判断・展開する繰り返しだった。「依頼される人がいる設計」をフィールドで磨いた。
転換点
テクノロジーが教育を変える瞬間を見た。
体育の授業にテクノロジーが入り込んできたとき、「これを自分で作れたらもっとくわしくできる」と思った。その感覚は、生徒の希望を図形に落とし込んできた感覚と全く同じだった。
決断
深夜に、はじめて HTML を書いた日。
授業終了後の深夜、テキストエディタを開いた。エラーだらけでも、生徒を指導していた頃と同じ感覚——「もっとうまくなりたい」があった。
学習中
Spring Boot・React、そして無数のエラーと。
RaiseTech でバックエンドからフロントエンドまで。体育教師時代の PDCA の習慣が、そのままデバッグのメンタルモデルになった。
現在
教えることと作ることを、コードでつないだ。
「複雑なことをわかりやすく伝える力」「チームを動かす力」——体育教師として磨いたスキルは、エンジニアとしての武器そのものだった。